妙心寺退蔵院で体験した春の特別拝観
私の住む京都には魅力的な桜の名所が数多く存在し、国内外の観光客が京都にやってきます。今日は数ある名所の中でも、妙心寺退蔵院で毎年行われている「春の特別拝観食事付プラン」の魅力を徹底的にご紹介します!
境内の咲く季節の花々の美しさも妙心寺退蔵院の魅力のひとつですが、私は中でも「紅しだれ桜」が大好きで、毎年、足を運んでいます。特に食事付の「特別拝観プラン」は、退蔵院の魅力をじっくりと味わえるのでおすすめですよ。
妙心寺退蔵院の見事な紅しだれ桜を一躍有名にしたのが、2013年の『そうだ、京都行こう』のポスターです。京都に住んでいると案外知らないのですが、東京あたりに行くと『そうだ、京都行こう』のポスターはかなり目立つ場所に貼ってあったりしますよね。
満開の紅しだれ桜のカーテンが石庭に彩を添える様子は、まさに京都らしい風情にあふれていて訪れた人の心に強烈な印象を残すことでしょう。一度、見ると忘れられない美しさがそこにはあるのです。
ミシュランにも掲載された老舗「阿じろ」で食事
特別拝観の期間中は朝・昼・夜の1日3回、それぞれメニューの異なる精進料理を楽しめる「特別拝観プラン」が毎年開催されています。ここで供される精進料理がミシュランにも掲載されたことで知られる、妙心寺近くの「阿じろ(あじろ)」謹製の料理であることにも注目です!
プランの価格と内容
・朝プラン/3,500円「朝粥」
・昼プラン/4,000円「松花堂弁当」
・夜プラン/5,000円「懐石料理」
各プラン春を感じられる趣向を凝らしたメニュー構成なので、フリーで訪れ、別途料金を支払って「阿じろ」で食事をするよりもお得です
また、お食事を楽しむ場所は、紅しだれ桜がよく見える茶席の「大休庵」という特典も嬉しいところ。桜をゆっくりと眺めながらの食事は、とても優雅で上品な雰囲気で何ものにも代えがたい魅力があるので予約はお早めに!
参加者の特典!非公開エリアを見学できる
ポスターに採用されてから、すっかり有名になってしまった退蔵院の紅しだれ桜。当然ながら観光客が多いうえ、紅しだれ桜のある余香苑は通路がそう広くはないので、人が多いと写真を撮るのも一苦労です。しかし、食事付の特別拝観プランの参加者は30人前後なので、撮影しながらゆったり桜と庭園の眺めを楽しむ余裕があります。
昼の場合のみ一般の観光客と時間が被りますが、その代わりに普段は非公開の隠れ茶室が見学できるオプションが付いています。茶室に興味のある方は昼、純粋に紅しだれ桜を楽しみたい方は朝か夜のプランがおすすめです。
ここからは、実際に2016年に参加した「春の特別拝観プラン」の様子をレポートします!
春の特別拝観プラン/見学の流れと退蔵院紹介
私が参加したのは、2016年4月3日(日)「早春の特別拝観プラン」と、2016年4月11日(月)の「夜の特別拝観プラン」です。
退蔵院の紅しだれ桜はソメイヨシノよりも約1週間から10日遅れで満開を迎えるとのことで、朝の部はまだあまり桜が咲いていなさそうな時期です。夜は満開に近い時期での予約となりましたが、ライトアップされた夜桜は見事でしたよ。
桜は気温によって満開を迎える日が予想よりもずれてしまいがちですが「どちらかは良い状態になるはず」と目論で、日を開けて2回予約したのです。
見学の流れをざっと説明しますと、以下の通りになります。
1.退蔵院の紹介説明
2.元信の庭と瓢鮎図(ひょうねんず)の見学
3.紅しだれ桜のある余香苑を通り、奥の茶席大休庵で食事
4.余香苑を自由見学後、自由解散
冒頭、退蔵院の副住職からスライドを使った妙心寺と退蔵院の紹介があります。
実際、妙心寺の中の退蔵院だけを目指していくとなかなか気づきませんが、妙心寺は一種の町を形成するほど広くて建物も大きいものが多いのです。副住職によると、甲子園球場7個分もあるというのです!
退蔵院は47ある塔頭の中でも屈指の古刹(こさつ)なのですが、どちらかというとこぢんまりとしていて可愛らしい寺院です。山門をくぐると右手に招き猫がいたりして、それだけで私はテンションが上がってしまいました!
庫裡(くり)は台所のことで通常は非公開のエリアですが、特別拝観プランなので見学できます。天井が広くて開放感のある庫裏には、靴を脱いで上がります。そこから入っていく本堂の方丈(ほうじょう)では、剣豪の宮本武蔵が修行のために寝泊まりしていたという伝説も残っているそうです。
方丈から見えるのが、有名な絵師の狩野元信が自分の描いた絵を元にして造った庭園「元信の庭」です。普通は庭師が造る庭園を絵師が手掛けた珍しい例だそうです。「元信の庭」は「春夏秋冬いつ訪れても同じ眺めを楽しめるように」と考えられていて、後から紹介される「余香苑」とは違う魅力を持っています。
狩野元信は狩野派の始祖狩野正信の子で、当時有名だった土佐光信・雪舟と共に本朝三傑と呼ばれていたそうです。狩野派の基礎を築き孫の巨匠狩野永徳の礎となる様式を生み出す一方で、一門を組織化して分業システムを確立し幅広い需要にこたえられるようにするなど、画才のみならず現代で言うマルチタレントとしても才能があった人です。
「自分の描いた絵をもとに庭園を造ろう!」という発想も、その柔軟さから生まれたのかもしれませんね。
また、方丈には国宝に指定されている「瓢鮎図(ひょうねんず)」のレプリカが飾られています。本物は京都国立博物館に寄託されているそうですが、男が小さな瓢箪(ひょうたん)を持って大きなナマズをおさえようとしているコミカルな様子と禅問答のさまざまな答えが詩の形として記述され、禅の世界が表現されています。
現在でも禅寺では禅問答が修行の一環として取り入れられていますが、これは「この小さな瓢箪で大きなナマズを捕獲するにはどうすればいいのか?」という禅問答を当時の室町幕府の第4将軍「足利義持」が発案したものを画僧の如拙(じょせつ)が描き、当時の名だたる高僧たちが思い思いに答えているものです。
中国のことわざから発想を得て作られた問題ですが、発案した義持も論理的な答えは求めていなかったでしょう。あくまでも禅問答であり知的な遊びであったと考えられ、描いた如拙も詩を書きつけた禅僧たちも、それぞれ楽しみながら「ひょうたんで大きなナマズを獲る方法」に答えるべく、禅問答に取り組んでいたことをうかがわせる跡がいくつかあります。
例えば、如拙はナマズ・瓢箪・水辺など「滑る」を強調した背景に、真剣に何とかしようとしている男を置いて滑稽さをより際立たせた描きこみをしていますし、高僧たちは各自の答えを書きつけているようでいて、実は連句を使っています。言葉遊びを楽しむ将軍・画僧・禅僧の大らかな雰囲気が伝わってくる名画なのです。
この後の「禅問答とは何か」という副住職からの説明はなかなかユーモアあふれる説明で楽しいので、直接、お聞きする価値は十分にあります!
最後に、紅しだれ桜のある「余香苑(よこうえん)」の説明があります。余香苑は比較的歴史の浅い庭園で、元々は竹林でした。竹林が枯れた1693年に、当時の住職が今の庭園に作り替えたのが「余香苑」です。
庭師は、かの有名な足立美術館の庭園も手掛けた「中根金作氏」で、奥行きを感じさせる庭園は四季折々の花が並ぶ見事なつくりになっています。
「元信の庭」「余香苑」という2つの庭園に、時の移り変わりを感じられるのも退蔵院の魅力のひとつです。
春を味わえる精進料理/各プランの内容
ここからは、見学の流れに沿って「阿じろ(あじろ)」の精進料理をご紹介しましょう!今回参加したプランで食べたのは、朝プランの「朝粥御膳」と、夜プランの「精進御膳」です。
▼早朝特別拝観プラン・陽春の朝/朝粥御膳
朝粥御膳の量は軽めですが「朝粥」のおかわりが用意されているので、朝からたくさん食べたい人でも大丈夫。ただし、おかずはおかわりができませんので、お粥とのバランスを考えて食べてくださいね。
揚高野豆腐、こんにゃく、青唐、ごぼう、桜酢レンコンなどが並びます。優しい味わいの炊き合わせの中に、桜酢蓮根のシャキシャキとした爽やかさがアクセントになっています。
「信田巻き」はボリュームがあり、旬を堪能できる歯ごたえのあるタケノコに山椒が軽く効いていて、最後の一滴まで平らげたくなるほど美味しい出汁が染み込んだ一品です。
桜の花がちょこんと乗った可愛らしい「桜粥」は表面がツヤツヤしていて、器を持った時に感じられる温かさに心が和らぎます。桜の香りと丁度よい塩加減での桜粥は、お代わりが可能で、香物と一緒にいただけば味の変化も楽しめます。
香物は茎大根と塩昆布と梅干と、シンプルで和食らしい素朴な組み合わせにホッとします。
最後に供されるのは心休まる甘味、退蔵院謹製「桜のお干菓子」です。ほうじ茶とともに口に含み、食事の余韻とほのかな甘みをゆっくり味わいます。
▼夜間特別拝観プラン・陽春の夜/春の精進御膳
やはり朝食とは違い、夜プランの食事はボリュームも品数も増えます。配膳された時点で、ご飯やおかずがお膳の上に8品もある状態ですが、後から、平椀と味噌汁も運ばれてきます。ちなみに、夜は別途料金を支払えば、アルコールやソフトドリンク等も注文可能でしたよ。
食前酒は桜の花びらを浮かべた風流な日本酒。少量ですが、食欲を増進させるにはちょうど良い量です。
先付は、旬のタケノコ、上品な甘さのかぼちゃ麩、空腹を刺激する木の芽味噌かけに、百合根を花びらに見立てた一品です。
平椀は桜餅の清汁仕立で、今回、参加したプランで頂いた朝・夜すべての精進料理の中で、最も“春の雰囲気”を味わえた一品です。桜餅の中身は餡子(あんこ)ではなく、具材(きくらげ・百合根・わらび・タケノコ・うど)がギュッと詰まっています。
お出汁は桜の葉の塩漬けから香りと塩分が溶け出して、ちょうど良い塩梅の上品な味に仕上がっています。ふわっと漂う桜の葉の香りで、お椀の中で桜が咲いているような錯覚を楽しみました。
練物は胡麻豆腐(三葉・わさび)です。やはり、大きめの胡麻豆腐にはワサビ醤油が合います。もっちり、ねっとりした食感に胡麻豆腐好きの私は大感激!最高でした!
義省豆腐、小巻湯葉、桜大根酢、ふきのとう田楽などの彩り鮮やかな季節物の炊き合わせは、ひとつひとつが可愛い形をしていて見ているだけでも楽しくなります。
義省(ぎせい)豆腐とは、細かく崩した豆腐に他の食材や調味料を混ぜて成形、加熱した精進料理のひとつ。
小菜はタケノコと湯葉しんじょう、木の芽焼き、たらの芽の天ぷらが盛られています。湯葉しんじょうと木の芽焼きは、例えるなら「蒲焼き」のような甘辛仕立てなので、全体的にふんわりとした料理の味が引き締まります。
お味噌汁は、目にも上品な白味噌汁(焼豆腐・桜麩)でした。とろみと甘味のある白味噌の味噌汁には、焼豆腐と桜麩がよく合っていました。白味噌は塩味と甘味が拮抗している感じですが、決して喧嘩しているわけではなく、互いを引き立てており、さらっと頂ける味わいです。御飯と一緒に食べるというよりも、半ば食後のデザート的な扱いなのかもしれません。
4月に旬を迎えるタケノコの炊き込みご飯は、おかずと一緒にゆっくりと楽しみました。薄味なのでおかずの味を邪魔せず、タケノコの味と歯ごたえも美味しい逸品です。
夜プランの香物は茎大根、塩昆布、柴漬でしたが、甘味は朝と同じく退蔵院謹製の桜の干菓子(ひがし)が供されます。
食事が終わった頃を見計らって、やかんに入った“なにか”が御飯の蓋に注がれます。私もそうでしたが、初めての人は「何だろう?」と不思議に思うでしょう。
“なにか”とは「湯桶(ゆとう)」と呼ばれる、熱い白湯に焼きおにぎりを浸し、少し塩を加えたもので「お茶代わり」に供されます。
湯桶をいただきながら外の桜をぼんやり眺め、ひと心地ついたら、いよいよ余香苑の見学に向かうのですが、その前に大休庵前の「しだれ桜」も美しいので眺めておくことをオススメします。
しだれ桜が美しい「余香苑」を見学
余香苑(よこうえん)の「紅しだれ桜」を画像でもご紹介します。朝プランに参加したときは二分咲きでしたが、毎年、参加している人の話では「余香苑の桜は二分咲きくらいの頃がピンク色が濃く、可愛らしい」とのこと。満開になると白っぽくなるのだそうです。
確かに眺めてみると、どの花も「これから」といった感じでみずみずしく、花そのものを接写したいのなら満開時より、むしろ、二分咲きを狙うと桜の美しさが映えそうです。
余香苑の門をくぐって、すぐのところには2つの石庭があり、向かって左側が「陽の庭」、右側が「陰の庭」です。石の色で表情がまったく違い、それぞれに趣を感じます。
2つの石庭の間に『そうだ、京都へ行こう』のポスターで見事な桜を披露している「紅しだれ桜」が咲いています。門をくぐると、すぐ目につく場所にあるのでインパクトが強く、庭を設計された方のセンスに脱帽です
余香苑の門の手前で撮影する場合、普通のレンズでは紅しだれ桜の全景を収められません。絶対に広角レンズが必要です。
ちなみに、私は今年、別の場所で紅しだれ桜を撮影してきました。実は、門の手前以外に一か所、普通のデジカメやスマホでも無理なく、かなりの割合で紅しだれ桜を撮れるオススメの撮影スポットがあるのです。
余香苑を出た細い通路の途中に大きな「地蔵菩薩の像」がある所に着いたら、後ろを振り返ってみてください。次の画像のように、夜であればライトアップされた見事な紅しだれ桜を拝むことができますよ!
全景を望むことはできませんが、そこは菩薩のような心でそっと目をつぶってくださいね。
妙心寺退蔵院を訪れるべき時期
妙心寺退蔵院の特別拝観プランには朝・昼・夜と3コースあるうえに、どの日程で申し込むのがベストなのか迷うと思います。私が実際に参加してみた感想は、ゆっくりと桜を堪能したいなら、4月10日以前の朝、または、夜の部のプランがおすすめです。
京都のお花見シーズンが終わりを迎える頃に、舞い散った花びらで桜の絨毯が敷き詰められた景色も素敵ですが、二分咲きで色の濃い「紅しだれ桜」がポツポツと咲いている様子も風流ですよ。4月10日前後がベストですが、団体予約が入ってしまうこともあるので、少し前の日程を狙うのもありかも知れません。参加費も手ごろで、京都の良さを満喫できる「妙心寺退蔵院・特別拝観食事付プラン」は自信を持っておすすめします。
また、国内外から多くの人が旅行に訪れるほど魅力溢れる京都には、有名な千本鳥居がある伏見稲荷神社をはじめとする神社仏閣、風情ある鴨川など、一度は足を運びたい観光名所がいっぱいあります。桜、祇園祭、紅葉など、季節によって違う楽しみ方ができる京都にぜひ遊びに来てくださいね。